18.郊外の遺跡で
近郊の遺跡へ移動した。最初はサクサイワマン遺跡へ。インカの民はアタワルパ亡き後も抵抗を繰り返していた。1535年マンコ・インカに率いられた2万人のインカの兵士がここに立てこもる。兵士達は勇敢だったが、大地とともに歩んできた彼らにとって夜は休息すべき時間だった。スペイン人に夜襲をくらったインカ軍はもろくも敗れ去ってしまう。

もともとは神殿で高い塔が建っていたらしく土台が残っている。インカの人達はよほど器用な人達だったらしく、街を作るにあたっても全体の形を自然界のさまざまなものに擬して作った。クスコの街は巨大なピューマを模して作られているのである。このサクサイワマンはそのピューマの頭の部分にあたっている。

続いてケンコーへ。ここは祭礼場だったようだ。ごつごつした岩の裏には小さな洞窟があり祭壇や遺体が置かれていたらしい。

岩の上にはぎざぎざのスジを彫りこんである。(稲妻をあらわしてるらしい)ここから生贄の血を流して豊凶を占ったらしい
2万人が立て篭もったサクサイワマン
ケンコーの巨岩。ちなみに人はフェリペさん
塔の土台とも
近くにいたアルパカにリャマ
17.滅びゆくものへ
ここでちょっと長いけど歴史の整理など。
「インカ帝国」。このあまりにも有名な国の名前は誰でも聞いたことがあるだろう。14〜16世紀にかけて現在のペルーのあたりで広大な領土を誇った帝国の名前だ。でも実際のところインカ帝国で語られるのは、帝国の繁栄よりもその悲しい末路の方が多い。

インカ族も、もともとは11世紀頃に現れた地方の一部族。それが15世紀頃にはコロンビアからチリにまたがる大帝国を築いていた。1530年、インカ帝国はその歴史において最大の版図を抱えるまでに成長しており、首都クスコは栄華をきわめていた。ときの王には2人の息子がいた。一人はワスカル、もう一人はアタワルパ。王は自分の死後、二人の息子が仲良く領土を2分してやっていくことを望んでいたが、もちろん世の中はそううまくはいかない。

王の死後期せずして跡目争いが起こった。数ヶ月に及び内乱の後勝ったのはアタワルパ。アタワルパはインカ帝国第 代の王となった。インカ帝国の王というのは、いわゆる絶対権力者としての地位のほかに、宗教的な神としての側面をあわせもっていた。要するに物理的にも精神的にも絶対権力者だったわけだ。さて、アタワルパが跡目争いに勝利したのは1532年のこと。それはもうルイ14世を超えるぐらい「われは太陽なり」だったわけである。ところがこの年もう1つの重大な出来事が起こった。

そう、スペインから来た招かれざる客フランシスコ・ピサロが部下を引き連れ今のコロンビアのあたりに突然上陸したのである。彼らの目的と言えばもちろん金銀財宝。ここから壮大な悲劇の幕が開く。フランシスコ・ピサロがつれてきた部下はわずか200人足らずであったという。そのとるに足りない連中に士気も装備も勝っていたインカの人々はあっけなく敗れ去ってしまう。火薬か何かにびびったのだろうか?その気になれば200人なんてたとえ機関銃持っていても倒せそうでなんとも不思議な話だ。フェリペさんの話ではスペイン人はワスカルとアタワルパの争いを利用して、互いに戦わせ、弱ったところでスペイン本国から人を動員して一気に攻め滅ぼしたとも言っていた。このへんは現在でもいろいろ謎の多い部分らしい。

王アタワルパは逃げていくところを捕らえられる。つかまったときにはカハマルカというところで温泉にはいっていたらしい。なんとものんびりしたものだが、さすが絶対王だけあってそもそも危機意識には欠けるところがあったのだろうか。しかし跡目争いを勝ちぬいた王とはとても思えない。

捕らえられた王の末路がまた情けない。王は監禁された部屋いっぱいの黄金と引き換えに自分の助命を乞うた。この申し出は実行され、インカの帝国から莫大な量の財宝が差し出されたらしい。だが、さんざ利用された挙句、王はあっさり処刑された。首都クスコに乱入したスペイン人達は悪逆の限りをつくしたらしい。建造物などにつかわれていた黄金財宝は全て溶かして本国に送られた。王という以上に神を失ったクスコの人々は彼らのすることをただだまって見ているしかなかったという。

Iインカ帝国の民はその後もしばらくは抵抗を繰り返す。都を奥地へと移しながら帝国終焉の地、ビルカバンバ(インスピリトゥ・パンパ)まで。だが、スペイン本国でイスラム教徒と、南米各地で他の原住民と血で血を洗う戦いを繰り返してきた筋金入りの悪党どもの前では敵では無かった。その後約300年の植民地支配が始まったのである。スペイン人はインカの人々を実に3000万人ぐらい虐殺したらしい。ナチスは600万人ぐらいか?その規模がわかる。未だスペイン人への恨みは根深いものがあるのである。
ケンコー、内部の祭壇付近
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